2005/09/30

おいかわけんじ たけうちまゆこ(100%ORANGE)作 『スパゲッティになりたい』


著者名:おいかわけんじ
出版社:学習研究社
出版年:2005.09
ISBN :4052024222



ぼくって、ママじゃないよね。
このあいだまで、ぼくは、ぼくのこと、ママだと思っていたんだ。
それ、どういうことかって聞かれても、とってもむずかしくて、いえないよ。
つまり、ぼくはママで、ママはぼく、っていうこと。
このあいだまではね。
でも、このあいだママがいないときに、ここにいるのはいったいだれなんだろうって、とつぜん。
不思議なんだけど、ママじゃないだれかがいるみたいなんだよ。もしかして、それが“ぼく”なのかなって。なんか、そんなかんじ。それに気がついたのはね、それはね、お尻のおかげなんだ。
ぼくね、そのときテーブルのところで、絵本を見ていたの。そうしたらね、その絵本に“ぞうさんのおしり”っていうのがでてきて、それをじっと見てたら、この部屋で、この椅子に座っている、このお尻、だれのお尻なんだろう。だんだんそう思えてきたの。
それで、なんだかすごくコワイくなってきて、お尻がむずむずしちゃった。むずむずしたら、どうもそれがママじゃない別の人のものだということがわかってきて、ここにそのお尻はぼくのですっていう、ぼくがいるんだなって、そう思ったの。
不思議でしょ、お尻って。どうやっても見えないんだよ。でもそこについているっていうことは、わかるもん。どっかにくっついているんだよ。それは、きっとぼくの“身体”っていうものなんだろうけどね。ママがいってたよ。“身体を清潔に”だったっけ? 清潔って“きれい”のことでしょ、知ってるよ。
ぼくね、目をつぶってお尻のことを考えると、なんだかすごくお尻が遠くにあるような気がするときがあるよ。“身体”の中をずっとずっとトンネルみたいにくぐっていくと、終点のところがお尻なんだよね。そのつっかえたところから、お尻はどんなふうに見えるのかな。見てみたいな、お尻。やっぱりお尻の形をしているんだろうね。
それからね、最近ぼく、とってもイヤなことがあるの。この部屋のこの椅子のうえのお尻がなかったら、ぼくはいないのかなって、そういうこと。お尻だけのひとなんていないし、お尻のないひとだっていないでしょ。お尻が消えちゃったら、ぼくも消えちゃうのかな。そのとき、ぼくはどこにいるのかな。いないぼくは、ぼくなのかな。いないぼくのお尻は、だれのお尻なのかな。ああ、考えれば考えるほど、わからなくなっちゃう。
だからね、ぼくは考えるのよしたんだ。
きっとね、“ぼく”なんていうふうにいうから、わからなくなっちゃうんだよ。
ぼくはね、ぼくなんかじゃなくて、きっとね、
スパゲッティなんだ。
大きなフォークがクルクルクルクルやってきて、クルクルしようとするよ。
だから、つかまらないように、にげだすんだ。クネクネクネっとネ。
ああ、ぼくはだれだろう、なんてかんがえているより、ずっと楽しそうだね。フォークと追いかけっこしてればいいんだもん。
ああ、スパゲッティになりたい。

スパゲッティがダメだったら、洗濯バサミだって、カスタネットだって、お弁当箱だって、なんでもいいから、もっと楽そうなものになりたい。そんな気持ちになったことないですか?
(ISBN4-05-202422-2 2005/9初版 ¥1,260税込)
posted by ぽんた at 16:20 | TrackBack(0) | 記事

2005/09/09

荒井良二さく 『ぼくとチマチマ』


著者名:荒井良二
出版社:学習研究社
出版年:2004.10
ISBN :405202253X



「ぼくはきのうこねこをひろいました」

 少年は夜明け前の空を見上げているのでしょうか。町も地面も空もすべて混沌と溶け合ったような夜明け前のどんよりとした風景にほんのりと色が生まれ、白い鳥たちが朝を告げにやってくるころ、少年は空が隅っこがエメラルドグリーンに変わったような気がして、わけもわからないため息をもらすのでした。
 少年の心に垂れこめた不安がどこからくるのか、それを自覚するには少年は幼すぎました。おまけに、もやもやと自分を苦しめる重たいものが何なのか、それを言い表す言葉さえまだもっていなかったのです。
 空をほんの少し明るくした色が、周囲の暗色に溶けこんで混じりあいながら、ねっとりと地面を舐めるように広がっていくのを見たとき、少年は何か不思議な波動のようなものに胸を締め付けられている気がして、ふっと息を吐きました。もちろんその感覚が予兆というものだとは、少年は知る由もありません。
 やがて、灰色のなかからぼんやりと現れたのは小太鼓でした。太鼓は両手に持ったバチを持ち上げ、自らの頭を連打しながら歩いてきます。町のパン屋が店を開け、仕事を始めたようです。太鼓の音は台に粉を打ち付けるパン屋のリズムを刻みはじめました。
 次にやってきたのは大太鼓でした。両手に持った大きなバチを振り上げながら、自分の頬をたたくたびに、振動した空気が電気を帯びたように震え輝くのでした。
 そしてラッパの親子がでたらめな旋律を空に響かせてやってくるころ、パン屋は仕込みを終え、町の老人たちの散歩が始まりました。
 アコーディオンがやってきました。悲しい旋律が得意なアコーディオンも、さすがに気がひけたのか、左手のボタンを長調の位置に合わせ、朝の陽気な音楽を奏でるのでした。
いっせいに店の扉が上がり、町に朝がやってきました。交わされる挨拶、ついばむ鶏、ロバを牽く商人、朝食のパンを買いに出た母娘。モスク風の屋根をもった建物の窓をあけて朝の空気を取り入れようとする人々。

「ぼくはひろったこねこにチマチマというなまえをつけました」

 少年の窓にも朝の光が差し込んできました。でも寝ぼすけ猫は少年のベッドの上で丸くなったまま。
 地平線の向こうから、牛がミルクを運んできました。地平線から半分くらい顔を出した太陽が地面を照らし、砂漠に拓けたのオアシスのような町に熱気をみなぎらせ始めます。
カップが歩いてきました。ご丁寧にカップに書かれた「スープ」の文字が、湯気をあげる液体が何なのかを誇示しています。
 誰も乗っていないバスやら電車やらが砂煙とともに現れたころ、砂漠の砂の上は人であふれかえります。
 そしてついに金色に輝く光線の太い帯をぐるぐると回転させながらの巨大な太陽の出現に、町は真っ白の陽炎のなかでゆらぎ、少年は自分たちを覆い尽くした金色の光に包まれながら、猫に自分の決意を告げるのでした。

「おはようチマチマ。おはよう ぼく」
 とても、とても、うれしいよ。
少年は、太陽の中心に立ち、猫を頭にのせて、両手を広げました。
「おはようニャ-ニャーチマチマぼく」

荒井良二さんの『ぼくとチマチマ』生きていくための勇気をくれる絵本です。
(ISBN4-05-202253-X 2004/9初版 ¥1,260税込)
posted by ぽんた at 19:33 | TrackBack(0) | 記事