著者名:おいかわけんじ
出版社:学習研究社
出版年:2005.09
ISBN :4052024222
ぼくって、ママじゃないよね。
このあいだまで、ぼくは、ぼくのこと、ママだと思っていたんだ。
それ、どういうことかって聞かれても、とってもむずかしくて、いえないよ。
つまり、ぼくはママで、ママはぼく、っていうこと。
このあいだまではね。
でも、このあいだママがいないときに、ここにいるのはいったいだれなんだろうって、とつぜん。
不思議なんだけど、ママじゃないだれかがいるみたいなんだよ。もしかして、それが“ぼく”なのかなって。なんか、そんなかんじ。それに気がついたのはね、それはね、お尻のおかげなんだ。
ぼくね、そのときテーブルのところで、絵本を見ていたの。そうしたらね、その絵本に“ぞうさんのおしり”っていうのがでてきて、それをじっと見てたら、この部屋で、この椅子に座っている、このお尻、だれのお尻なんだろう。だんだんそう思えてきたの。
それで、なんだかすごくコワイくなってきて、お尻がむずむずしちゃった。むずむずしたら、どうもそれがママじゃない別の人のものだということがわかってきて、ここにそのお尻はぼくのですっていう、ぼくがいるんだなって、そう思ったの。
不思議でしょ、お尻って。どうやっても見えないんだよ。でもそこについているっていうことは、わかるもん。どっかにくっついているんだよ。それは、きっとぼくの“身体”っていうものなんだろうけどね。ママがいってたよ。“身体を清潔に”だったっけ? 清潔って“きれい”のことでしょ、知ってるよ。
ぼくね、目をつぶってお尻のことを考えると、なんだかすごくお尻が遠くにあるような気がするときがあるよ。“身体”の中をずっとずっとトンネルみたいにくぐっていくと、終点のところがお尻なんだよね。そのつっかえたところから、お尻はどんなふうに見えるのかな。見てみたいな、お尻。やっぱりお尻の形をしているんだろうね。
それからね、最近ぼく、とってもイヤなことがあるの。この部屋のこの椅子のうえのお尻がなかったら、ぼくはいないのかなって、そういうこと。お尻だけのひとなんていないし、お尻のないひとだっていないでしょ。お尻が消えちゃったら、ぼくも消えちゃうのかな。そのとき、ぼくはどこにいるのかな。いないぼくは、ぼくなのかな。いないぼくのお尻は、だれのお尻なのかな。ああ、考えれば考えるほど、わからなくなっちゃう。
だからね、ぼくは考えるのよしたんだ。
きっとね、“ぼく”なんていうふうにいうから、わからなくなっちゃうんだよ。
ぼくはね、ぼくなんかじゃなくて、きっとね、
スパゲッティなんだ。
大きなフォークがクルクルクルクルやってきて、クルクルしようとするよ。
だから、つかまらないように、にげだすんだ。クネクネクネっとネ。
ああ、ぼくはだれだろう、なんてかんがえているより、ずっと楽しそうだね。フォークと追いかけっこしてればいいんだもん。
ああ、スパゲッティになりたい。
スパゲッティがダメだったら、洗濯バサミだって、カスタネットだって、お弁当箱だって、なんでもいいから、もっと楽そうなものになりたい。そんな気持ちになったことないですか?
(ISBN4-05-202422-2 2005/9初版 ¥1,260税込)

